aumyogaのアシュタンガ練習日記

2016/9月アシュタンガスタート ただの練習記録

誰のための練習?

引きこもりデイ。自分で自分をプッシュしないと、サウスパーク見続けて1日があっという間に終わってしまうので今日は重い腰を上げてブログを。

サウスパークもシーズン1から見始めてやっとシーズン13の終わりまで来ました。

残り10シーズン、ゴアで友達ができなければ嫌でも見終わりそうです笑。

どうか見終わることがありませんように,,,

見た事ない人は変な声で聞き取りにくい話し方のクソガキ4人組のつまんなそうなアニメと思うかもですが、ジョークを通して現代に起きている問題提起や政治ネタで鋭いポイントを押さえてるから面白い。オフィシャルサイトで過去のエピソード全部観れるからおすすめです。英語の勉強と言って頑張ってみてるけど、小学生が喜ぶような口の悪い英語が覚えやすいのかそんなんばかり覚えてしまってまだ日常会話には活かせてませんが。

 

サウスパークの話でブログが終わりそうなのでちゃんと書きます!

誰のため/何の為に練習しているのかなって去年あたりからフツフツと自問自答してて。

もちろん自分の人生の為なんですけど、実は純粋な気持ちで練習スタートしていない日もあったりします。

 

自分の中でこういう気持ちが出てくることがよくあってそういう時は”不純な気持ちのプラクティス”と命名してます、、、

同じ事感じてる人いたらご一報ください笑。

 

↓↓

・練習休んだら、怠け者のインストラクターに思われてしまう...!! 嫌だ...!!

・(シャラに行けない日)練習仲間に休んでいる怠け者と思われたくないから練習した証拠をSNSにアップしておこう...!!

・今日練習に行けない理由があるのをアップしておこう

 

きゃー恥ずかしいワタシ。

こういう気持ちの時って全然自分の為の練習じゃなくて、”自分がどうやって周りに見られているのか”

を気にしての練習になってる。仕事も兼ねて人へアピールする為の練習。今の時代SNSあるから余計にそういうの助長されてしまう気がするなー。

練習した、しないは自分の中で留めておきたいとここ最近なぜかすごく思う。

 

インストラクターとして活動している以上、練習は必須でやりたくないわけじゃないけどできれば純粋な気持ちで取り組みたい。

 

例えば、必死で練習していても上に書いたような気持ちで行っている練習は果たしてどうなのかなと思ってしまう。

別に終わった後に後悔することはなく、練習できてよかった!には変わりはないんだけど、なんか、あ〜自分の為じゃなくて、脳内で勝手に作り出した批判的な世間に対して練習してしまった。。。とモヤモヤするのです。

 

(長年アシュタンガの実践をされている先輩方、何かの事故でこのブログを読んでくれていたらこういう時の切り抜け方教えてください。)

 

実際練習しなくて誰かに責められた経験もないし、

寝坊して練習もアシスタントも行けなかった日でさえ先生も先輩も優しい人に囲まれています。

 

実際私も生徒さんが休んでも私は、怠け者だな〜なんで1ミリも思った事ない。

むしろ大体の人が久しぶりに来てくれた時に”サボっててすみません”的な感じですごくバツが悪そうにしているのをよく見るので、全力で、そんな事ない...!!!!っていつも言っているし本当にそう思う。仕事や日常でいろいろある中で皆んなヨガする時間を作っているだけでもっと偉いなと思ってあげたらいいなと思う。

 

なんか文章ぐちゃぐちゃになって来たけど、言いたいことは

練習したからすごい、休んだからダメ

じゃなくて、練習の質だと思う。

取り組む姿勢や、練習に対する気持ち、

そしてその自分の為のヨガで心も体も健康でそれが自分の周りの大切な人に影響したりする事が大事なんじゃないかと最近特に思う。

 

それにしても文章書くのって難しいねー。

どうか揚げ足取りにあいませんように。